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九州五神宮 (3) 鹿児島神宮


大隅国一宮で、官幣大社。
(九州5神宮では、①英彦山神宮(官幣中社)を除き、全て官幣大社)

ちなみに、鹿児島もひとつの一宮(薩摩一宮)は。
先の新田神社で国幣中社である。

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特急もあるけど。
鹿児島中央駅から、最寄り駅である隼人駅には鈍行で約45分。
ちなみに、大抵の普通列車は、お隣の国分駅で。
鹿児島⇔国分、国分⇔宮崎って感じで折返し運転となる。

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そんな隼人駅。
薩摩”隼人”ってよく聞く言葉だが、実際に地名もあるんだな。

この隼人。
古代日本において、阿多・大隅(現在の鹿児島県本土)に居住した人々をいい。
奈良時代には、ヤマト王権の支配下に組み込まれたという。

○に十字は島津の家紋。朝7時半だけど、タクシー1台。

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西郷さんが贔屓にしてた温泉地・日当山温泉郷が近くにあるらしい。
左:隼人塚 0.6km
右:熊襲の穴 9.5km、鹿児島神宮 1.3km (徒歩20分位)
(いずれも、鹿児島観光のHPより)

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熊襲の穴とは。
クマソ族の首領・川上梟帥(カワカミタケル)が住んでた所で。
女装した日本武尊に殺されたと伝えられている所なんだとか。これは見逃し残念。

で、熊襲=隼人って説もあるんだが。日本武尊の熊襲征伐は古墳時代。
一方の隼人は。
最終的に大和朝廷に屈服する隼人の乱(720)が奈良時代と時代的には異なる。

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で、その阿多隼人(薩摩隼人)の始祖とされるのが火闌降命(ホセスリ)。
いわゆる『海幸・山幸』伝説の海幸彦で、瓊瓊杵尊の長男にあたる。
鳥居直後の三の社の一つには、その海幸彦も祀られている。

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向かって左手の祠です。

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そして、この鹿児島神宮の主祭神が弟の山幸彦って訳。
『日本書紀』的には、彦火火出見尊。

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小学校で習う訳でもないんだが。知るキッカケは 漫画『日本の歴史』あたりか。

神話としては一番記憶に残ってる海幸山幸。
今の子供は知ってるんだろうか?

参考:
山幸彦 - 火遠理命(ホオリ、古事記)・彦火火出見尊(ヒコホホデミ、日本書紀)
海幸彦 - 火照命(ホデリ、古事記)・火闌降命(ホスソリ、日本書紀)


新田神社と同じく、神橋の背後に左右一対の御門神社
(左・櫛磐窓命、右・豊磐窓命)

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御神木の大楠。

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その根本には雨之社。
御祭神は山幸彦の妻・豊玉姫の御父君の豊玉彦命とある。
つまり、海の神・大綿津見神。

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父の瓊瓊杵尊は、山の神・大山津見神の娘を。
その子・孫は、海の神・大綿津見神の娘を娶るって訳。
ちなみに、その娘、豊玉姫と玉依姫は姉妹である。

20200116_Kirishima.jpg 鸕葺草葺不合は乳母でもあり、叔母の玉依姫を妻にする。。。
(霧島神宮 旧HPより)

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境内図。
神宮の左上に高屋山陵(祭神・山幸彦の陵墓)があるんだが。
勿論、歩いていける距離ではない。(約10km)

右手の石體神社 (いわたじんじゃ )は後ほど。

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社殿は、勅使殿・拝殿・本殿からなってまして。
入り口にあたるのが勅使殿。

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かつては「大隅正八幡宮」「国分八幡宮」などとも称されていたらしく。
八幡ファミリーも合祀されている。

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拝殿内と、本殿正面。

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社殿を右手から。

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拝殿の右手は広場みたいになってまして。
摂末社らしき3つの祠が。(武内宿禰とか日本武尊とか)

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では、石體神社へも。
岩田帯発祥の地ともされてる所。

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石體神社の手前左には、興味惹かれる卑弥呼・卑弥弓呼神社。
卑弥呼(邪馬台国女王)と対立していた卑弥弓呼(狗奴国王)が鹿児島神宮の山幸彦と
繋がりがあるという説に基づき、創建されたって書いてある。

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卑弥呼らしき像なんかも。

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石體神社。

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狛犬がちょっと変わってる。

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石體神社の境内は、祭神の山幸彦と妻・豊玉姫が宮としていた、
旧高千穂宮跡と伝わってまして。
鹿児島神宮の元宮とされる。

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『古事記』によれば、山幸彦は、此処高千穂宮に580年居住し。
その後、高千穂山の西に葬られたんだとか。

ところで、この神社は安産祈願のご利益があるとされてるんだが。
その起源は、豊玉姫が産屋を作る間も無く、御子(鸕葺草葺不合)を産んだ
という神話からきている。

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じゃぁ、そんな鸕葺草葺不合(ウガヤフキアエズ)を祀る神社へと。







 
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